2026年06月25日

結局、Obsidianの何がそんなにいいのか 〜Obsidianと30年の日記(4)〜

Obsidianを使い始めた人が、最初にこう思うかもしれない。

結局、Obsidianの何がそんなにいいのか。

私も最初はそう思っていた。
メモを書くならAppleのメモでもいい。
文章を書くならiA Writerのほうが気持ちいい。
仕事の管理ならNotionのほうが向いていることもある。
数字や表を扱うならNumbersやExcelのほうがいい。
紙のノートだって、もちろんいい。

だから、Obsidianを少し触っただけでは、なぜこんなに人気があるのか、よくわからなかった。

でも今は、Obsidianがかなりいいと思っている。

理由はいろいろあるけれど、ひとことで言えば、Obsidianは「あとから効いてくる道具」だからだと思う。

最初からすごいわけではない

Obsidianは、最初に開いた瞬間に感動するタイプのアプリではないかもしれない。

少なくとも私はそうだった。

見た目がものすごく美しいわけではない。
最初から全部がわかりやすいわけでもない。
Markdown、リンク、プロパティ、プラグイン、Bases。
できることはいろいろあるけれど、最初はむしろ少し面倒に見えた。

数個のメモを書くくらいなら、Appleのメモで十分だと思う。
買い物メモなら、紙でもいい。
一枚の文章を書くなら、iA Writerのほうが気持ちよく書けることもある。

それでも、使い続けているうちに、少しずつ感じ方が変わってきた。

Obsidianの良さは、書いた瞬間よりも、あとから見返すときに出てくる。

17,000以上のファイルを入れて見えてきたこと

今、私のObsidianには17,000以上のファイルが入っている。

ほとんどは日記やメモだ。
30年近く書いてきた日記を、HyperCard、FileMaker、Day Oneなどを経て、今はObsidianに入れている。

ここまで来ると、Obsidianはただのメモアプリではなくなる。

今日書いたメモだけを見る場所ではなく、過去の自分に戻る場所になる。
昨日のメモだけではなく、10年前、20年前、30年前に何を考えていたのかを見に行く場所になる。

最近は、Basesを使って「過去の今日」を見返している。
同じ日付の過去の日記が並ぶ。
写真があるものはカードで見えるようにした。
写真がないものはテーブルで見ればいい。

これが、思っていた以上に楽しい。

写真があると、一瞬で昔を思い出す。
文章だけでは思い出せなかったことが、写真一枚で戻ってくる。

そのとき、Obsidianの機能はただの機能ではなくなる。
検索も、リンクも、プロパティも、Basesも、過去の自分に会いに行くための入口になる。

ローカルにファイルがある安心感

Obsidianの大きな良さのひとつは、ローカルにファイルが置けることだ。

これは、最初は地味に見える。
でも、17,000以上のファイルを扱うようになると、とても大きい。

どこかのサービスの中に閉じ込められているのではなく、自分のフォルダの中に、ひとつひとつのMarkdownファイルとして存在している。

アプリを開かなくても、ファイルはそこにある。
バックアップもできる。
NASに置くこともできる。
必要なら、自分でスクリプトを書いて整えることもできる。

30年近い日記を扱ううえで、この安心感はかなり大きい。

もちろん、クラウドサービスにはクラウドサービスの便利さがある。
Day OneもNotionも、とてもよくできている。
でも、自分の記録が、自分の手元にファイルとしてあるという感覚は、やはり強い。

自分の記録の置き場所を、自分の手に取り戻している感じがある。

ばらばらだったものが集まってきた

Obsidianを使い始めた理由のひとつは、今までばらばらだったアプリを、少しまとめられるかもしれないと思ったからだ。

日記はDay One。
仕事の管理はNotion。
数字や一覧はNumbers。
簡単なメモはAppleのメモ。
文章を書くときはiA Writer。

どのアプリも、それぞれによくできている。
今でも、Notionにかなわないところはある。
iA Writerの美しさにはかなわない。
表計算が必要なときは、今でもNumbersやExcelを使う。

だから、すべてをObsidianに入れればいいとは思っていない。

でも、日々の記録やメモやアイデア、仕事の断片の置き場所としては、かなりObsidianに集まってきた。

これは思っていた以上に大きい。

日記、メモ、仕事のこと、走ること、powderfulのこと、アイデアのかけら。
以前は別々の場所にあったものが、少しずつ同じ場所に集まっている。

ひとつにまとまると、あとから強い。

たとえば、ある時期の日記を見返したときに、その頃の仕事のメモも近くにある。
その頃考えていたアイデアもある。
写真もある。
走った記録もある。

ばらばらに置いていたら、それぞれは便利でも、時間がたったときに横につながりにくい。

Obsidianに集まってくると、自分の時間が少し立体的に見えてくる。

あとから整えられる

Obsidianの良さは、最初から完璧に整えなくてもいいところにもある。

最初からタグをきれいに決めなくてもいい。
フォルダ構成を完璧に作らなくてもいい。
プロパティも、あとから足せばいい。

まず残す。
あとから整える。

これができるのは大きい。

実際、私も最初から今の形を考えていたわけではない。
日記を入れ、写真を見返し、Basesを使い、必要になったらプロパティを追加し、スクリプトで整えた。

使いながら、少しずつ変えている。

Obsidianは、完成された箱に自分を合わせるというより、自分の記録に合わせて場所を育てていく感じがある。

初心者の人に言うなら

Obsidianを始めたばかりの人に、「結局、何がそんなにいいのか」と聞かれたら、今ならこう答えると思う。

Obsidianは、あとから効いてくる道具です。

最初は、ただのメモアプリに見えるかもしれない。
Appleのメモでもいいと思うかもしれない。
紙でもいいと思うかもしれない。

それはたぶん正しい。

でも、日記やメモやアイデアが少しずつ集まってくる。
そこに時間が入ってくる。
あとから検索できる。
つなげられる。
並べ替えられる。
見返し方を自分で作れる。

そうなってくると、Obsidianはだんだん変わってくる。

書くためのアプリというより、見返すための場所になる。
メモを置く場所というより、自分の時間を置く場所になる。

まだ完成形ではない

もちろん、まだ最適な使い方が見つかったわけではない。

どうまとめるのがいいのか。
どうつなげるのがいいのか。
どこまでObsidianに入れて、どこからは別の道具を使うのか。

今も試行錯誤しているし、たぶんこれからも考え続けると思う。

でも、それも含めてObsidianの面白さなのかもしれない。

最初から完成された場所ではなく、自分の記録と一緒に少しずつ育っていく場所。

17,000以上のファイルを入れて、30年近い日記を見返すようになって、ようやくその良さが見えてきた。

Obsidianは、あとから効いてくる道具だ。