道具にはこだわる。でも、道具に縛られない。 〜Obsidianと30年の日記(3)〜
最近、Obsidianにかなりはまっている。
30年近く書いてきた日記を入れて、NASに置いて、Basesで見返している。
過去の日記に入っている写真をcoverプロパティにして、カードビューで見られるようにもした。
毎朝、「過去の今日」を見返すのが楽しくなった。
Obsidian、いいじゃん。
かなりいいじゃん。
そんなふうに思っている。
でも、だからといって、Obsidianでなければいけないとは思っていない。
少し前、病院の待合室で、隣に座った女性が小さなメモ帳にびっしり何かを書いていた。
何を書いているのかは、もちろんわからない。
予定なのか、体調の記録なのか、思いついたことなのか、誰かへのメモなのか。
でも、その姿が妙によかった。
小さなメモ帳を開いて、手で文字を書いている。
ページの中に、その人だけの時間がたまっている感じがした。
それを見て、思った。
そうそう、紙でもいいんだよな。
Obsidianじゃなくてもいい。
Macじゃなくてもいい。
AIじゃなくてもいい。
紙とペンでも、十分に強い。
ロルバーン、モレスキン、ロディア。
そういう紙の道具にも、やっぱり憧れがある。
新品のノートもいいけれど、使い込まれたノートはもっといい。
角が少し丸くなって、ページが少し膨らんで、何かが挟まっていて、字がびっしり書かれている。
そういうノートには、その人の時間が染み込んでいる。
結局、道具の価値は、機能の数だけでは決まらないのだと思う。
Obsidianはすごい。
検索できる。
リンクできる。
プロパティを使える。
Basesで見せ方を変えられる。
必要ならスクリプトで整えることもできる。
でも、ただ少しメモを書くだけなら、Appleのメモでもいい。
iA Writerでもいい。
紙のメモ帳でもいい。
なんなら冷蔵庫に貼った付箋でもいい。
大事なのは、どの道具を使うかだけではない。
そこに何を書くのか。
どれくらい使い続けるのか。
あとで見返すのか。
自分の時間が、そこに残っているのか。
そこだと思う。
私のObsidianが面白くなってきたのは、Obsidianそのものがすごいからだけではない。
中に30年近い日記が入っているからだ。
昔の自分が書いた言葉。
家族の写真。
旅行の記録。
仕事の断片。
何気ない一言。
その日には特別だと思っていなかったこと。
そういうものが入っているから、Obsidianを開くのが楽しい。
つまり、道具が先にすごいのではなく、そこに時間が入ることで、道具の見え方が変わってくる。
紙のメモ帳も同じだと思う。
ただの小さなノートでも、毎日書いて、何度も開いて、持ち歩いて、そこに自分の時間が入っていけば、それはただの紙ではなくなる。
使い込んでいる人の道具は強い。
それは、Obsidianでも紙でも変わらない。
私はMacのアプリらしい、余白のあるミニマルな道具が好きだ。
iA Writerの雰囲気は今でも好きだ。
Obsidianは、最初は少し無骨に見えた。
設定項目が多くて、サイドバーがあって、プラグインがあって、どこかWindowsアプリっぽい雰囲気があるなと思った。
でも、使っているうちに印象が変わってきた。
Obsidianは、最初から完成された美しい部屋というより、自分で棚を作っていく場所に近い。
少しずつ整える。
必要な場所に小道を作る。
写真を見えるようにする。
古い日記に入口を作る。
見返しやすいように並べる。
そうしているうちに、自分の記憶の庭のようになってきた。
庭だから、手入れする。
手入れすると、また見たくなる。
見ていると、また少し整えたくなる。
これは完全に自己満足の世界でもある。
でも、自己満足でいいと思う。
日記も、メモも、ノートも、最初はたいてい自己満足だ。
誰かに見せるためではなく、自分が忘れないために書く。
自分が考えるために書く。
自分があとで見返すために残す。
その積み重ねが、時間が経ってから別の意味を持ちはじめる。
AIがそれっぽい文章をいくらでも作れる時代になっても、本当にその日に人間が書いたものの価値は残ると思う。
うまい文章でなくてもいい。
きれいにまとまっていなくてもいい。
ただ、その日に、その人が、本当に書いた。
それだけで、あとから見たときに意味が出てくることがある。
紙のメモ帳でもいい。
Obsidianでもいい。
大事なのは、道具を立派にすることではなく、自分の時間をちゃんと置ける場所を持つことなのだと思う。
道具にはこだわりたい。
でも、道具に縛られたくはない。
今の私にとって、30年分の日記を受け止める場所としては、Obsidianがかなり合っている。
だからObsidianを使っている。
でも、朝に手で文字を書く時間も大事だ。
紙に書くことでしか出てこない言葉もある。
小さなメモ帳にびっしり書いている人を見ると、やっぱり刺激される。
たぶん、どちらかひとつに決めなくてもいい。
考える入口は紙でもいい。
書く場所はiA Writerでもいい。
保管庫はObsidianでもいい。
写真はNASに置いてもいい。
道具はひとつではなくていい。
そのときの自分に合う道具を使えばいい。
紙でもいい。
Obsidianでもいい。
使い込まれた道具には、その人の時間が染み込んでいく。
私は、そういう道具が好きなのだと思う。
