2026年06月24日

道具にはこだわる。でも、道具に縛られない。 〜Obsidianと30年の日記(3)〜

最近、Obsidianにかなりはまっている。

30年近く書いてきた日記を入れて、NASに置いて、Basesで見返している。
過去の日記に入っている写真をcoverプロパティにして、カードビューで見られるようにもした。

毎朝、「過去の今日」を見返すのが楽しくなった。

Obsidian、いいじゃん。
かなりいいじゃん。

そんなふうに思っている。

でも、だからといって、Obsidianでなければいけないとは思っていない。

少し前、病院の待合室で、隣に座った女性が小さなメモ帳にびっしり何かを書いていた。

何を書いているのかは、もちろんわからない。
予定なのか、体調の記録なのか、思いついたことなのか、誰かへのメモなのか。

でも、その姿が妙によかった。

小さなメモ帳を開いて、手で文字を書いている。
ページの中に、その人だけの時間がたまっている感じがした。

それを見て、思った。

そうそう、紙でもいいんだよな。

Obsidianじゃなくてもいい。
Macじゃなくてもいい。
AIじゃなくてもいい。
紙とペンでも、十分に強い。

ロルバーン、モレスキン、ロディア。
そういう紙の道具にも、やっぱり憧れがある。

新品のノートもいいけれど、使い込まれたノートはもっといい。
角が少し丸くなって、ページが少し膨らんで、何かが挟まっていて、字がびっしり書かれている。

そういうノートには、その人の時間が染み込んでいる。

結局、道具の価値は、機能の数だけでは決まらないのだと思う。

Obsidianはすごい。
検索できる。
リンクできる。
プロパティを使える。
Basesで見せ方を変えられる。
必要ならスクリプトで整えることもできる。

でも、ただ少しメモを書くだけなら、Appleのメモでもいい。
iA Writerでもいい。
紙のメモ帳でもいい。
なんなら冷蔵庫に貼った付箋でもいい。

大事なのは、どの道具を使うかだけではない。

そこに何を書くのか。
どれくらい使い続けるのか。
あとで見返すのか。
自分の時間が、そこに残っているのか。

そこだと思う。

私のObsidianが面白くなってきたのは、Obsidianそのものがすごいからだけではない。

中に30年近い日記が入っているからだ。

昔の自分が書いた言葉。
家族の写真。
旅行の記録。
仕事の断片。
何気ない一言。
その日には特別だと思っていなかったこと。

そういうものが入っているから、Obsidianを開くのが楽しい。

つまり、道具が先にすごいのではなく、そこに時間が入ることで、道具の見え方が変わってくる。

紙のメモ帳も同じだと思う。

ただの小さなノートでも、毎日書いて、何度も開いて、持ち歩いて、そこに自分の時間が入っていけば、それはただの紙ではなくなる。

使い込んでいる人の道具は強い。

それは、Obsidianでも紙でも変わらない。

私はMacのアプリらしい、余白のあるミニマルな道具が好きだ。
iA Writerの雰囲気は今でも好きだ。

Obsidianは、最初は少し無骨に見えた。
設定項目が多くて、サイドバーがあって、プラグインがあって、どこかWindowsアプリっぽい雰囲気があるなと思った。

でも、使っているうちに印象が変わってきた。

Obsidianは、最初から完成された美しい部屋というより、自分で棚を作っていく場所に近い。

少しずつ整える。
必要な場所に小道を作る。
写真を見えるようにする。
古い日記に入口を作る。
見返しやすいように並べる。

そうしているうちに、自分の記憶の庭のようになってきた。

庭だから、手入れする。
手入れすると、また見たくなる。
見ていると、また少し整えたくなる。

これは完全に自己満足の世界でもある。

でも、自己満足でいいと思う。

日記も、メモも、ノートも、最初はたいてい自己満足だ。
誰かに見せるためではなく、自分が忘れないために書く。
自分が考えるために書く。
自分があとで見返すために残す。

その積み重ねが、時間が経ってから別の意味を持ちはじめる。

AIがそれっぽい文章をいくらでも作れる時代になっても、本当にその日に人間が書いたものの価値は残ると思う。

うまい文章でなくてもいい。
きれいにまとまっていなくてもいい。
ただ、その日に、その人が、本当に書いた。

それだけで、あとから見たときに意味が出てくることがある。

紙のメモ帳でもいい。
Obsidianでもいい。

大事なのは、道具を立派にすることではなく、自分の時間をちゃんと置ける場所を持つことなのだと思う。

道具にはこだわりたい。
でも、道具に縛られたくはない。

今の私にとって、30年分の日記を受け止める場所としては、Obsidianがかなり合っている。
だからObsidianを使っている。

でも、朝に手で文字を書く時間も大事だ。
紙に書くことでしか出てこない言葉もある。
小さなメモ帳にびっしり書いている人を見ると、やっぱり刺激される。

たぶん、どちらかひとつに決めなくてもいい。

考える入口は紙でもいい。
書く場所はiA Writerでもいい。
保管庫はObsidianでもいい。
写真はNASに置いてもいい。

道具はひとつではなくていい。

そのときの自分に合う道具を使えばいい。

紙でもいい。
Obsidianでもいい。

使い込まれた道具には、その人の時間が染み込んでいく。

私は、そういう道具が好きなのだと思う。