2026年06月10日

使えることと、わかっていることは違う

今日、Synology NASにログインできなくなった。

家族用のユーザーを追加していて、自分の管理者権限を家族と同じにした(してしまった)。

すると突然、NASからログアウトされて、その後ログインできなくなった。

あれ、どうした?

NASは、もう使えるようになったつもりでいた。

写真を保存できる。
日記や仕事のデータも置ける。
外からもアクセスできる。
家族にも使ってもらえる。

よしよし、だいぶわかってきたぞ、と思っていた。

ところが、管理者権限を外した瞬間、急に景色が変わった。

今まで見えていた画面に入れない。
設定を直したいのに、その設定を直す権限がない。

家の鍵を自分で家の中に置いたまま、外に出てしまったようなものだ。
しかも、その家は自分で買ったばかりのNASである。

けっこう焦った。

調べながら、NAS本体のリセットボタンを使って、adminユーザーを一時的に復活させた。
そのadminでログインし、自分のユーザーにもう一度管理者権限を戻した。
最後に、普段は使わないadminをまた無効にした。

無事に戻れた。

よかった。

ただ、戻れたから終わり、という話でもなかった。

今回のことで、私はNASを使えるようになったつもりで、まだちゃんとわかっていなかった部分があることに気づいた。

管理者とは何か。
家族ユーザーとは何か。
外からアクセスするとはどういうことか。
写真はどこに見えていて、誰に見えているのか。

それまで、なんとなく使えていた。

でも、なんとなく使えていることと、わかっていることは違う。

これはNASに限らない気がする。

Obsidianもそうだ。
カメラもそうだ。
AIもそうだ。

そして、これから使おうとしているミシンも、たぶんそうだ。

最初は、動いたことがうれしい。
次に、うまくいかないことが起こる。
そこで調べる。
少し焦る。
少しわかる。

その繰り返しで、道具は少しずつ自分のものになっていくのだと思う。

トラブルは、できれば起きてほしくない。

でも、トラブルが起きたときにだけ見える世界がある。

普段は見えない仕組み。
なんとなく飛ばしていた設定。
わかったつもりで通り過ぎていた言葉。

そこに一度つまずくと、急に道具の見え方が変わる。

NASにログインできなくなったときは、正直かなり焦った。

でも今は、少しだけよかったとも思っている。

QuickConnectのこと。
外部アクセスのこと。
Synology Photosの見え方。
共有スペースと個人スペースの違い。

そういうものを、あらためて整理するきっかけになった。

使えることと、わかっていることは違う。

そして、わからないところに出会ったとき、道具との関係が少し深くなる。

今回、私はNASに締め出された。
でも、そのおかげで、NASの中に少し入れた気がしている。