使えることと、わかっていることは違う
今日、Synology NASにログインできなくなった。
家族用のユーザーを追加していて、自分の管理者権限を家族と同じにした(してしまった)。
すると突然、NASからログアウトされて、その後ログインできなくなった。
あれ、どうした?
NASは、もう使えるようになったつもりでいた。
写真を保存できる。
日記や仕事のデータも置ける。
外からもアクセスできる。
家族にも使ってもらえる。
よしよし、だいぶわかってきたぞ、と思っていた。
ところが、管理者権限を外した瞬間、急に景色が変わった。
今まで見えていた画面に入れない。
設定を直したいのに、その設定を直す権限がない。
家の鍵を自分で家の中に置いたまま、外に出てしまったようなものだ。
しかも、その家は自分で買ったばかりのNASである。
けっこう焦った。
調べながら、NAS本体のリセットボタンを使って、adminユーザーを一時的に復活させた。
そのadminでログインし、自分のユーザーにもう一度管理者権限を戻した。
最後に、普段は使わないadminをまた無効にした。
無事に戻れた。
よかった。
ただ、戻れたから終わり、という話でもなかった。
今回のことで、私はNASを使えるようになったつもりで、まだちゃんとわかっていなかった部分があることに気づいた。
管理者とは何か。
家族ユーザーとは何か。
外からアクセスするとはどういうことか。
写真はどこに見えていて、誰に見えているのか。
それまで、なんとなく使えていた。
でも、なんとなく使えていることと、わかっていることは違う。
これはNASに限らない気がする。
Obsidianもそうだ。
カメラもそうだ。
AIもそうだ。
そして、これから使おうとしているミシンも、たぶんそうだ。
最初は、動いたことがうれしい。
次に、うまくいかないことが起こる。
そこで調べる。
少し焦る。
少しわかる。
その繰り返しで、道具は少しずつ自分のものになっていくのだと思う。
トラブルは、できれば起きてほしくない。
でも、トラブルが起きたときにだけ見える世界がある。
普段は見えない仕組み。
なんとなく飛ばしていた設定。
わかったつもりで通り過ぎていた言葉。
そこに一度つまずくと、急に道具の見え方が変わる。
NASにログインできなくなったときは、正直かなり焦った。
でも今は、少しだけよかったとも思っている。
QuickConnectのこと。
外部アクセスのこと。
Synology Photosの見え方。
共有スペースと個人スペースの違い。
そういうものを、あらためて整理するきっかけになった。
使えることと、わかっていることは違う。
そして、わからないところに出会ったとき、道具との関係が少し深くなる。
今回、私はNASに締め出された。
でも、そのおかげで、NASの中に少し入れた気がしている。
