しぜんだよね、という感覚
若い頃は、かっこいいものを作りたいと思っていた。
デザインの仕事をしていると、「かっこいいですね」と言われるのは、かなりうれしい。
というか、ほとんど最高の褒め言葉だった。
かわいいものを作っても、きれいなものを作っても、なぜか最後に「かっこいいですね」と言われることがある。
たぶん、デザインの世界では「かっこいい」という言葉が、かなり広い意味を持っているのだと思う。
もちろん、今でもかっこいいものは好きだ。
かっこよくできたら、それはそれでうれしい。
でも最近、少し変わってきた。
「かっこいい」よりも、「しぜんだよね」という感覚の方が気になっている。
「かっこいいですね」と言われなくても、デザインがだめということではない。
最近は、そんなふうにも思うようになってきた。
見た瞬間に驚くようなかっこよさはない。
奇抜な形でもない。
強い色を使っているわけでもない。
でも、違和感がない。
ちゃんとそこに収まっている。
無理なく読める。
無理なく伝わる。
まー、こんな感じだよね。
そのくらいの温度が、実はちょうどいいこともある。
きれいなデザインは、目を引かないことがある。
目立たないけれど、邪魔をしない。
強く主張しないけれど、ちゃんと支えている。
そういうデザインは、少し気づかれにくい。
でも、気づかれないくらい自然にそこにあることが、正解のときもある。
この「しぜん」は、森や木や川の自然とは少し違う。
それももちろん好きなのだけれど、ここで言いたいのは、ひらがなの「しぜん」だ。
ここはこうしたほうが、しぜんだよね。
この言葉の方が、しぜんだよね。
この流れの方が、しぜんだよね。
そういうときの、しぜん。
無理がない。
背伸びしていない。
その人に合っている。
言葉と中身がずれていない。
見せようとしすぎていない。
でも、ちゃんと伝わる。
そういう感じだと思う。
最近、powderfulのホームページを少しずつ作り直している。
普通の会社案内にしようと思えばたぶんできるし、ビジネス的にもそれがしぜんだ。
会社概要を書いて、事業内容を書いて、実績を並べて、お問い合わせに誘導する。
でも、それをやろうとすると、どうしても手が止まる。今の時代に合わないような感じがする。
それで今は、投稿をひとつずつ増やしている。
会社のこと。
仕事のこと。
日記のこと。
走ること。
ニセコのこと。
パーゴラのこと。
初孫のこと。
普通の法人サイトとして見ると、少し変だと思う。
でも、今のpowderfulには、それがしぜんだった。
仕事だけを書こうとすると、どこかかたくなる。
かっこよく見せようとすると、少し自分から離れていく。
それよりも、今考えていること。
実際にやっていること。
面白いと思っていること。
暮らしの中で、ふと引っかかったこと。
そういうものを書いていく方が、今の自分にはしぜんだと思った。
昔、ある人に「庶民的」と言われたことがある。
そのときは、あまり良い意味には受け取れなかった。
もう少しかっこよく見られたかったのだと思う。
でも最近は、たしかにそうかもしれないと思う。
冷蔵庫の付せん。
パーゴラで餃子。
NASに締め出された話。
初孫が生まれた話。
そういうものを、変に隠さなくてもいいのではないか。
かっこいいかどうかより、しぜんかどうか。
57歳になって、そんなふうに考えるようになってきた。
もちろん、雑でいいということではない。
だらしなくていいということでもない。
しぜんなものは、たぶん雑とは違う。
無理があるところに気づく。
言葉が大きすぎるところを少し直す。
かっこつけすぎているところを削る。
その人に合っていないものをやめる。
そうして少しずつ、しぜんなところへ近づけていく。
デザインも、そういうことなのかもしれない。
これからのpowderfulは、まず「しぜんかどうか」を見ていきたい。
その人に合っているか。
その場所に合っているか。
その言葉で無理がないか。
その形で続けられるか。
違和感がないか。
しぜんだよね、という感覚。
これを、これからのpowderfulの大事なものにしていきたい。
